「アアナッテ、コウナッタ」~わたくしの履歴書~ 小池玲子ブログ

第15話 第二の落とし穴

2020.03.01

12月24日、クリスマスイブ。
27歳の私は、この夜を一緒に過ごす恋人も、友人も、家族もいなかった。
たった一人、ANAの東京発最終便・ムーンライトに乗っていた。まるでどこからか逃げるように。
 

 
飛行機の窓から見下ろすと、そこにはたくさんの人々の生活が、輝く灯火の帯となって銀河のように広がっていた。こんな状態に自分を落とし込んだのは、そう、またしても自分自身。たった一度の恋の結末であった。
 
デパートの新聞広告のデザイナーであった私は、それなりに充実した毎日を送っていた。しかし新卒で入社し、一年もたち、仕事を覚えると、なんとはなしに不満が体に溜まってきていた。
 
自分は一体何をやっているのだ。
広告をやりたかったのに、今やっているのは本当に自分が求めた広告の仕事なのか。胸に沸く疑問。
  
当時、デパートの広告は、そのブランドを高める企業広告はなく、80%が催事の広告であり、それは毎年ほとんどローテーションが決まっていた。あとの20%は各売り場の製品広告であった。
   
求められる仕事は前年のゲラを見て、少々の新しさを出す程度のものであった。新しいことをしたい!と、私はかなり斬新な提案をしチャレンジしたが、それは単なるレイアウト上の表現でしかなかった。
 
私に対する職場の期待も、「頑張っているけれど、いつかは結婚していなくなる娘」という程度のものを感じていた。
  
私は広告というものをより深く知りたくて、尊敬する先輩に相談し、彼の事務所で仕事が終わった後お手伝いすることをお願いした。
 
尊敬は愛情に変わり、私は火の玉のようになって誰の意見も聞かず、一途に突き進んだ。しかしそれは世間の許さない恋であった。結果私は職場をやめ、家族から決別され、友人たちとも疎遠となった。全て失ってしまったのである。
 
  
今まで少なからず、真面目で曲がった事が嫌いな人間として生きてきた私は、一転して世間から後ろ指を指される最低の人間になってしまったのだ。
  
 
翌クリスマスの日、惨めな自分を奮い立たせ、背筋を伸ばして御堂筋を歩いた。並木のイチョウは葉が落ちて、裸の梢が冷たい風に揺れていた。まるで自分を見るようだった。全てを剥ぎ取られ自尊心を失った自分。周囲を傷つけ自分も深く傷ついていた。
 
東京から遠く離れた大阪の地で、私はこう心に決めた。今までの自分は、父の影響もあって、学歴や世間体を気にして生きてきた。しかしもう失うものは何もない。これからは自分の信じる処で生きてゆこうと。

そう考えるとなぜか、開放感を感じていた。