第16話 落とし穴の底から
2020.03.15
自分の掘った穴に落ち、その底で、上から土をかけてもらって人生を終わるのか、自分の力で這い上がるのか、ぽっかりと青い空を穴の底から見上げていたら、3人の巫女の顔が見えた。
一人の巫女は優しく微笑んで、手を伸ばし抱きしめてくれた。
もう一人は再起への心を燃やすための、言葉をかけてくれた。
最後の一人の巫女は、仕事への扉を開いてくれた。
まるでマクベスの3人の巫女のように、彼女らは私を先へ進むように導いてくれた。
3人の巫女。
彼女らはその当時、私が知っていた3人の先輩だった。
先輩といっても縁の薄い、私が先輩と呼ぶにはおこがましい関係だったのだが、なぜか私を気にかけてくれた。
文字がひっくり返った逆さまのポストカード。まるでその頃の自分のよう。
一人の先輩は、当時私から見れば、憧れ仰ぎ見るベテランコピーライターだった。彼女は彼女なりに色々な問題を抱えていたと後で知ったのだが、精神的に私を抱きしめ、人への信頼を思い出させ、心のトゲを抜いてくれた。
2人目の先輩はやはりコピーライター。歯切れが良く、当時売れっ子。言葉が明確でちょっと怖い。『20代で起こした失敗は許すよ。でも30代になってまた同じことを繰り返したら、私は許さない。なぜなら20代の失敗は30代で取り返せるからね。』この言葉は私を再チャレンジへ向かわせた。
3番目の方もベテランのコピーライター。彼女自身、人生の岐路に立っていたにもかかわらず、その後私が広告という仕事を経験できた素晴らしい場所を紹介してくれた。
その当時、広告業界でクリエーターとして働く女性は本当に少なかった。例外的にいたとしても、女性にはとにかく働き辛い世界であった。その中でパイオニアとして長年苦労し、ポジションをキープしてきた彼女たち。40代半ばから50代後半の彼女たちはそれぞれ悩みも多かったと思う。が、こんなおバカな私を気遣ってくれたのだ。
そうだ、生きてゆかなければ。
その時私は、その日寝る場所もなければ、糊口をしのぐ仕事もなかった。
父からは勘当されて帰る家もなかった。(後で知ったが、本当に勘当されて戸籍も移されていた。)私も、もちろん家に戻る気は無かった。自分で自分をなんとか独り立ちさせるまでは、父に会わないと決めていた。
国道246沿いの池尻にある、1階がスナックの3階建ての物件。その2階、6畳の居室に2畳の台所、トイレ付きの部屋。それがやっと手に入れた自分の空間。生まれて初めての一人暮らし。
その頃の池尻は、渋谷の近くにあるのになんとなく活気のない、寂しい街だった。まだ首都高速も地下鉄もなく、バスが唯一の交通手段だった。
外から聞こえる絶え間ない車の騒音を聞きながら、ベッドに横たわって、私はこれからのことを思い、孤独と不安、希望と自由に震えた。