第17話 ようやく開いた扉
2020.04.01
窓から夏の明るい空が見えていた。
私は「そこで待っていてください」と言われた廊下の椅子に座っていた。
大切な面接の後の緊張が解け、少し放心した状態で。
会議室のドアが開いて、先ほどまで面接していた日本人とも外国人とも思われる人が出てきた。人の良さそうな大柄な男性。ごま塩の頭を短く刈っていた。
私に近づくと、「Wellcome to JWT」といって握手を求めてきた。
※JWT:ジェイ・ウォルター・トンプソン・ジャパン
ほんの5分前、その会議室で入社試験の課題をプレゼンしたばかりだった。
課題は3種類の味の違う歯みがき。
ネーミングからパッケージ、TVCF、新聞広告のプレゼンだった。
『え!ちょっと早いんじゃ』
戸惑いながら握手した私。あたたかく大きな手。
当時私は他の代理店も受けていたのだが、この即決の爽やかさに「ちょっと待ってください」の言葉が出なかった。すぐ人事に呼ばれ契約が済み、ここで私の22年間に及ぶJWTとの付き合いが始まった。
話が終わって外に出た。麹町三番町の昼下がり。
暑く焼けたアスファルト、セミの鳴き声、真夏の太陽を仰いで、「夢じゃないよね」と自分に言い聞かせ、これから仕事ができる喜びに思わず涙ぐんだ。
やっと止まっていた時間が動き出しました。1970・8月
不勉強の私は日本に外資系の広告代理店があることをそれまで知らなかった。
昔の大店を思わせる、日本式古典的序列主義の職場にいた私にとって、新しい職場は、驚きの連続であった。
君の上司だよと紹介されたのは金髪碧眼の白人男性であった。入り口で出会った男性は、長い髪を束ね、塗りの下駄を履き、足の爪は全て違う色のペディキュアがされていた。
JWTは1956年に日本に上陸したニューヨークに本社がある広告代理店。戦争が終わったのが1945年。それから10年後の進出であった。
アメリカが豊かさの象徴としてまだ光り輝いていた1970年。
私のようなわがままな人間が22年もいられたのは、鷹揚で穏やかなアメリカの良さを持った代理店であったからだろう。
びっくりした理由は他にもあった。
コーヒータイムというのがあり、午後3時ごろ可愛いエプロンをつけた品のいいおばさん(コーヒーレディといった)が、コーヒーポットの乗ったワゴンを押してくる。
ワゴンの上にはクッキーやドーナツが載っていた。
またコーヒールームもあり、好きな時にそこでコーヒーを楽しんだり、おしゃべりができた。
最初のお給料で買ったビートルズイエローサブマリン。
古書店で450円でした。
男性社員の机を拭いて、灰皿を掃除し、お茶を入れた過去の職場とは別世界であった。
同じ日本にこんな世界があるのだ。
そして何よりも、私が一番大切にしていた、個人の人格が認められていた。